室町幕府の弱体化と戦乱の世のはじまり
いまを去ること570年前。室町幕府六代将軍足利義教による恐怖政治によって、受難者が急増していました。その病的ともいえる癇癪と、猜疑心が強く執念深い性格に周囲の有力大名が反発し、政治不安が起こります。
嘉吉の変
1441年嘉吉の変によって、足利義教が有力守護赤松満祐によって殺害され、将軍権威が大きく揺らぎ、これを契機に幕府権力は衰退していきます。
ここから世にいう戦国時代、その一世紀にわたる混乱の歴史が始まります。時代の大きな転換期
下剋上の世、この戦国時代は一方能力のあるものや庶民が台頭し、武士や公家だけでなく、民衆の地位が向上しはじめた、時代の大きな転換期でした。
日本史を学んだものであれば、誰でも一度は耳にしたことがある応仁の乱によって、時代の大きな変化はさらに加速します。
一揆とは何か?言葉の本当の意味を知る。
「揆(みち)を一つにする」とするという意味で、こころを同じくする人たちが対等の関係で参加する組織=一揆がとり結ばれ、連帯と平等の精神が重んじられました。
地方自治の実現
一揆というと反権力的な武装蜂起や暴動をイメージしがちですが、実は言葉の理解としてはあまり正しくはありません。中央からの恐怖政治による支配ではなく、領国の実権、権益を守るため、結成された一揆が中心となり、地方自治を実現していったのです。
金沢の歴史
都市としての金沢の歴史をたどっていくと、室町時代末期の1546年に空堀や柵などを備える城造りの寺院であった尾山御坊(金沢御堂)と呼ばれる寺院が建立されます。加賀の一向宗徒が寺派の勢力を背景とし、建立した金沢御堂を中心に「寺内町」と発展していったことから始まります。
寺内町としての発展
寺内町の多くは中核をなす寺院や道場のまわりに、僧侶や商工業者の居住区が整然と配されるなど、戦国大名の城下町とよく似た構造を持っていました。
前田利家、金沢城入城
1580年、尾山御坊(金沢御堂)は織田信長の軍勢によって攻め落とされ、この地に金沢城が築城されます。その後、尾張の土豪から織田信長に仕え、頭角を現した前田利家が金沢城に入城し、城下町金沢の基礎を築いていきます。
長町武家屋敷
室生犀星記念館
金沢が生んだ文豪といえば、泉鏡花、徳田秋声、そして室生犀星。彼の家族にあてた手紙の展示に、しばし足を止め読み耽ります。くさやの干物に関するやり取りなど実に興味深く面白い。人情の機微がここにあります。
近年室生犀星復刊の動きが多くみられる東京の出版界。貴重な作品が読みやすくなって出版されたことは素晴らしいことです。
尾山神社
とはいえ、ここは目まぐるしく変わる天気も金沢らしいと鷹揚に構え、前田利家公を祀る尾山神社へ向かうことに。
尾山神社公式ウェブサイト
由緒と歴史はこちらからどうぞ。
http://www.oyama-jinja.or.jp/
三層楼門(国指定重要文化財)
突然日が差してきたり、なかなかフォトジェニックな時間を過ごすことが出来ました。
加賀前田家の知恵、激動の時代を生き抜き、日本一の雄藩を築き上げた前田家三代(前田利家・二代目前田利長・三代目前田利常)について読みやすくまとまったおススメの一冊はこれです。低成長時代のいまだからこそ、多くの示唆と教訓を与えてくれます。
- 作者:中村 彰彦
- 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
- 発売日: 2001/12
- メディア: 単行本
近江町市場
はじまりは1721年。以来290年以上金沢の豊かな食文化を支える金沢市民の台所、活気あふれる近江町市場へ。
日曜も営業しています。
近江町市場公式ウェブサイト
http://ohmicho-ichiba.com/
近江町市場を出て、雰囲気のある喫茶店で一休み。