夫婦写真散歩のススメ

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秋は夕暮れ/「国語便覧」と小西甚一著「古文の読解」

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「今、読みたい本」という今週のお題について、しばらく空を眺めながら考えてみました…。


最近意識して作る「時間」があります。

PCの電源を入れず、テレビも一日じゅう見ないことによって作る新鮮で心豊かな時間。

しかし本を読むことだけは止めず、毎日自らの意思で選んだ本を手に取っています。


いまやオールドメディアとして語られることが増えた「一冊の本」。その命もまた、私たちと同じように永遠でないことを自覚せざるを得ない現実があります。

冷静に日本文学、文藝の歴史を眺めていくと、そこには「永遠なるものへの憧れ」があり、それは二つの極を持つことに思いを馳せます。

一つはひたすら磨き上げ、それが「カタチ」となり、「完成」という名の高みを目指すこと。

もうひとつはこの先どうなるかわからないのだけれど、ある時は荒々しさと不気味さを伴い、またある時は溌剌とした自由な動きを伴い、ひたすら純粋に広がり続ける「無限」。

おおらかで溌剌とした人間の息遣いが聞こえる『万葉集』をはじめとする古代文藝。端正、繊細を重んじて、「完成」という高い頂を目指した時代の中世文藝。

それぞれの時代に海外の文化を受容し、吸収してきた日本人が培ってきた歴史と文化がいまを生きる私たちにとって、どれほど豊かな教訓と学びを与えてくれるのかをきちんと思い起こさせてくれる本。

そして日本人の根っこにあって、意識無意識に関わらず、心の底でたしかに生き続け伝承されている精神をいま一度確認してみたいという思いに応えてくれる一冊。これが「今、読みたい本」です。

となると、まずは日本の歴史、文藝の歴史が時の流れのなかで腑に落ちるように分かりやすく解説され、意欲の度合いによって、より深く理解できるよう工夫された一冊、常に傍らに置いておきたい一冊も有難いと思います。

日本文学のみならず、日本人が繋いできた命、そして衣食住の歴史を見通せる、見晴らしの良い場所へ連れて行ってくれる有難い水先案内にもなる「本」。

国語便覧

わずか880円という価格でオールカラー、高校生、大学受験生向け副読本、いわゆる学習参考書です。しかし学ぶに年齢は関係なし、この本は学ぶ意欲の度合いに応じて、見晴らしの良い場所へ案内してくれ、知る楽しみを味わう旅へと誘います。

挿画、イラスト、図解、写真とこれほど丁寧に作られた歴史の俯瞰図を読まない手はないと思っています。齢を重ねれば重ねるほど、味わい深いものと感じられる作品に出会い、より深く味わうために。

一家に一冊おいて眺めるだけでもよし、辞書のように必要に応じて開くのもよし、とにかく贅沢に丁寧に作られた一冊です。古代から現代にいたるまで、総覧出来るところが有難い。

原色シグマ新国語便覧―ビジュアル資料 (シグマベスト)

原色シグマ新国語便覧―ビジュアル資料 (シグマベスト)

類書では浜島書店刊もあります。見比べるのもまた面白い。
常用国語便覧

常用国語便覧

秋は夕暮 ゆふ日のさして山の端いとちかうなりたるに
からすのね所へ行くとて 三つ四つ二つみつなど とびいそぐさへあはれなり
まいて雁などのつらねたるが いとちひさくみゆるは いとをかし
日入りはてて 風の音 むしのねなど はたいふべきにあらず



清少納言「枕冊子」から

引用したこの一節、「秋は夕暮れ」は平安時代という日本の文藝史上きわめて重要な時代に残された作品「枕草子(枕冊子)」の一節です。

枕草子 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

枕草子 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

作者清少納言の鋭利で繊細な観察眼に基づく言葉の連想が自由に駆使され、瞬間的印象の把握において、実に見事です。

そう「秋は夕暮れ」。ここで止める文章の余韻。この余韻だけで写真を撮るために歩きたくなります。








内面への深い自省、現実を厳しく見つめるという苦闘の果てにたどり着いた自照性に乏しいと評する文芸評論家もこれまで数多くおられますが、清少納言はその自照性の枠を超え、軽妙で変化に富んだ文体が対象を客観的に称賛する姿勢、時には屈託もなく、明るく華やかな情感、平たく言うと「センス」の良さが光るからこそ、彼女の随筆は面白く読める、そのセンスの良さこそ枕草子(枕冊子)の魅力であり、ここに息づく人間性こそ「日本人」ではないかと考えています。


この時代の宮廷文化が生んだスーパースター、『源氏物語』の作者、紫式部と何かと比較されることが多く、後世において皮相的といわれることもある清少納言ですが、こと随筆に関しては紫式部が書いた随筆「紫式部日記」はいささか冴えないものであるように思います。

『紫式部日記』に書かれた「清少納言」に関する痛烈な批判は二人の関係を「をかし」と「もののあはれ」という中世文学を読み解く二大キーワードと対比させつつみていくとたしかに面白いのですが。

『源氏物語』という世界に誇れる文藝作品によって人間の心理を深く掘り下げ、清新で優美な和文体によって書かれた重層的構造を持った物語を構築し残した紫式部にあって、どんな才気煥発、豊かな文才を育んだ人間でさえ、得手不得手というものがあるということなのでしょうか。

栄華を極めた後、没落していく中宮定子を中心とした宮廷サロン文化を代表する存在であった清少納言への対抗心なのか、それとももっと分かりやすく嫉妬や憎悪といった激しい感情のせいなのか、『紫式部日記』で展開された清少納言批判がスキャンダラスな宮廷の事件であったことに単純な好奇心はそそられますが(苦笑)、そのあたりはあやふやな史実とリンクさせながら語るより、想像するに止めておいた方が良いのかもしれません。


今週のお題に答える今回のエントリー、国語便覧と古語辞典を水先案内として傍らに、じっくり読みたい大本命の一冊。

迷った時は基本に帰る。そのことを教えてくれ、いま、一番読みたい、読み返したい一冊です。

小西甚一著「古文の読解」

何度読み返しても、新たな発見があり、美しい川の流れのように淀むことなく綴られた文章。

圧倒的な探究心、献身によって築かれた碩学、小西甚一博士による名講義がたっぷり味わえます。

古文が不得手、苦手で、授業が眠くて仕方がない人のために語りかけるように書かれた1981年に刊行された書籍の復刊、文庫化です。

日本人のこころを育んできた古典をただ読んで知っているというだけでなく、より深く味わうために最高の道案内をしてくれる一冊であり、日本人の伝統文化、古典、文芸作品をより深く味わうために入念に書かれ、そのために費やした愛情に溢れる不朽の名作です。

「正しく美しい日本語」と「日本文学史」を堂々と語れる学者といえば、やはり小西甚一博士を置いてほかにはいないのではないでしょうか。読んでいてワクワクする一冊。いま、それを読む幸せを再び味わっています。

古文の読解 (ちくま学芸文庫)

古文の読解 (ちくま学芸文庫)

本日のBGM

西村由紀江「ひだまり」


【西村由紀江/ひだまり】。

ピアノソロ 西村由紀江 「Best of Best ~20 Songs~」

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