物語のドラマティックな展開、台詞回しの巧みさとキャラクターがはっきりとした人物表現が読者を魅了する直木賞作家・山崎豊子著「不毛地帯」。
現在フジテレビにて豪華キャストでテレビドラマ化され、再び注目を浴びている原作者・山崎豊子氏の経歴をまずは簡単に振り返ってみる。
大阪・船場生まれの彼女は旧制京都女子専門学校国文学科を卒業後、毎日新聞社に勤務し、当時学芸副部長であった井上靖氏のもとで記者として鍛えられる。
新聞記者として勤務するかたわら、生家の老舗昆布屋をモデルにし、脱稿まで十年を費やしたデビュー作「暖簾」を1957年に刊行する。
翌年(1958)、大阪女のたくましさを描いた「花のれん」で第39回直木賞を受賞。
直木賞受賞を機に、毎日新聞社を退社し、作家活動に専念した後、彼女はパリを舞台にした「女の勲章」(1961)の取材中に元同僚と結婚する。
結婚後は旧家の遺産相続を扱った「女系家族」(1963)、大学付属病院を舞台に医学界の暗部にメスを入れた「白い巨塔」(1965〜69)をはじめ、閨閥政治と資本の癒着を追及した「華麗なる一族」(1973)など、実地調査と取材に基づいて社会問題に切り込む長編小説を相次いで発表し、大ベストセラーなった。

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文庫の新版によって、大きな活字、緩やかな組版に改良され、老眼でもグッと読みやすくなった。
文庫新版では現代人に読みやすいようにルビの巧みな振り方にも苦心のあとが見える。
そんなところにも感心しながら、今回で通算三度目の通読。
この小説に描かれた商社マン、新聞記者たちの情報収集への執念に、かつては取材の壁を打破する心意気を教わった。
当時の感動を今また、新たにすべく読み返そうと思い立った。
今もなお本質的には変わっていない銀行員・官僚のそれぞれの体質が垣間見える。
一方小説に登場する同業種・業態に就いた人々が、現在では日和見主義や事大主義にさらにどっぷりと漬かっていることも多く、そんな現代と過去との比較も面白いと思う。
私が山崎作品を最初に読んだのは高校一年だったと思う。昭和53年(1978)秋のこと。
田宮二郎主演の「白い巨塔」テレビドラマ化=1978年6月〜スタートがきっかけだった。
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父が熱心な山崎豊子ファンであったため、単行本で全巻揃っていた「白い巨塔」・「華麗なる一族」、そして「不毛地帯」と一気に読み進んだことを思い出す。

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三度目の読了。改めて読むと当時理解できていなかった部分が読み込め、味わいもより深くなる。
こういう体験こそ、時を経て読み返すことの良さだ。
不毛地帯とは?
「不毛地帯」第一巻、第二巻では11年にも亘るシベリア抑留、極北の流刑地で想像を絶する飢餓と強制労働の描写、帰国後、感動の家族との再会のあと、近畿商事(伊藤忠商事がモデルといわれる)に入社するまでの葛藤や苦労が生々しく描かれている。
総合商社に入社後、当初は繊維部に配属されるものの、第二次防衛計画FX戦闘機選定に関わる競争の修羅場に不如意ながら、どっぷりと関わっていく主人公、元陸軍大本営作戦参謀、壱岐正(モデルは瀬島龍三氏といわれている)の姿が描かれる。
第三巻からは自動車業界ビッグスリーと呼ばれたGM、クライスラー、フォード(作中では別名で登場する)と日本の自動車会社いすず自動車がモデルといわれる「千代田自動車」との虚々実々の合併交渉、油田確保のためアラブ諸国を駆け回り、石油利権獲得のための暗闘、情報戦、心理戦が生々しく描かれている。

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余談にはなるが、この不毛地帯を学生時代に読んで、商社マンを志した友人もいる。彼は伊藤忠商事に入社することを希望し、いまその念願を果たしてから四半世紀以上の時が過ぎた。チャイナ・プロジェクトで中国に赴任した15年間で、彼の体重が15kgも痩せたという。そんな学生時代から屈強だった彼に聞くと小説に近いエピソードも多いとのこと。
航空機業界に就職し、アメリカにわたり早四半世紀を超える先輩とも話す機会があるが、航空業界も同様に光と闇のコントラストは小説並みに凄い。
初読時は耳慣れない言葉だった国際石油資本(メジャー)やインディペンデント(独立石油資本)、コングロマリット、セブン・シスターズ、シンジケートローン、シンジケーション、国際入札などの経済・金融用語、そして、仏教用語や「鷹揚」・「気脈」などの言葉も、30年の時が経ち、いまでは読んでいても違和感を覚えることもなく、スムーズにこころに入ってくる。
特にイランの石油発掘のくだりなど、読んでいて息も詰まるほどの緊迫感を感じる。
国内外、社内外との厳しい交渉、情報収集、男同士のドロドロした足の引っ張り合い、嫉妬、陰謀、策略に嫌なジトッとした汗も出てくる。
この辺は実体験に重ね合わせ、いろいろと思い出すことも多い(苦笑)。
近現代史を背景にした大河ドラマを映像化するには、変化のスピードが激しいとはいえ、まだまだ時代が近いだけに再現する苦労も多く、結果・プロセス、後世の評価を知った上での「あと知恵」で語る特権を持った現代人にも興味・関心を失わないようにするには脚本家・演出家も大変だろうと思う。
原作者・山崎豊子氏の熱心なファンも多く、テレビドラマがシベリア抑留生活に関する描写をあっさりと通過したことへの批判も耳にするが、シベリアロケを大規模に、しかも延々と敢行していたら、制作費などいくらあっても足らないだろう。
限られた制作予算のなかでシベリア抑留生活を描いた回の迫真の映像は大健闘ではなかったかと私は感じている。
戦争という暗黒の時代、歴史に対する情報、理解も少なくなり、現代人の興味・関心も薄らいでいくなか、スタッフもまたその取材力、リサーチ能力が問われている。
平成の世となった今となっては昭和四十年代の再現とて、そうたやすくはない。昭和も大東亜戦争もすでにテレビ製作現場のスタッフたちにとってはるか彼方の出来事なのだ。
伊藤忠商事元会長・瀬島龍三氏
そんな現代から不毛地帯を読むと、まず瀬島龍三氏(伊藤忠商事元会長)への興味・関心が猛烈に湧いてくる。
平成日本のよふけ 元伊藤忠商事会長 瀬島龍三 1
と同時に、この小説が描く時代を生きた佐藤栄作、岸信介、田中角栄という歴代総理大臣や日商岩井の海部八郎氏、ロッキード事件に関わったとされる児玉誉士夫、小佐野賢治、丸紅の檜山広氏にも興味がグッと湧いてくる。

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もちろんロッキード事件の本質そのものにも…

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現代史の解釈は当事者も少なくなったとはいえ、まだご存命の方もおり、傍らで見ていた関係者も少なからず生きている。

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読み終えて、同氏の大作「沈まぬ太陽」を読み返したくなった。

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流行に乗るのもねぇ〜などと、天邪鬼は止めにして、読むべし。この傑作群を知らないことは勿体無い。

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